【観光】地域の未来を形づくる重要な枠組みDMO 熱海について考える

はじめに:DMOとは何か?
近年、日本全国の観光地において「DMO」という言葉を耳にする機会が増えてきました。DMOとは「Destination Management Organization」の略で、観光地域の管理・マーケティング・ブランディングなどを一元的に担う組織のことを指します。もともとは欧米を中心に確立していた観光推進の枠組みですが、日本国内でも本格的に導入・展開が始まり、観光地や自治体との連携が進みつつあります。
これまでも観光協会や自治体の観光担当課などが観光誘客に取り組んできた地域は多く、今でもその役割は大きいものがあります。しかし、国際的な観光マーケットの動向や旅行者の嗜好が変化し、さらに地方創生や地域活性化の必要性が叫ばれる中で、さまざまな既存団体の枠を越えて「地域全体で観光資源を統合的にマネジメントする」仕組みが求められています。そこに着目したのがDMOの導入であり、単なる集客だけではなく、地域の持続可能性や観光価値の向上を視野に入れた組織体系が注目を浴びています。

日本にDMOが導入されはじめた背景
DMOの先進事例といえば、ヨーロッパやアメリカなどで主に地方自治体や民間セクター、あるいは官民ファンドなどが連携して設立した組織が知られています。海外では観光は立派な産業の一つと位置づけられ、自治体や政府が積極的に関与して「地域のブランド確立」「マーケティング戦略」「観光資源の保護と創出」などを長期的な視点から実施してきました。
一方、日本における観光推進の仕組みは、長いあいだ自治体主導か、各地域の観光協会主体で行われることが多かったのが実情です。個別の宿泊事業者や交通事業者などが独自にキャンペーンを行い、全体を調整する役割を自治体や観光協会が担う。しかし、それらの団体は必ずしも強固なマーケティング機能や専門スタッフを十分に備えておらず、予算や人材面で不安定な部分もありました。
そこで日本政府は、いわゆる「観光立国」を目指す一環として、欧米のように観光を総合的にマネジメントできるDMOの枠組みを取り入れることを推進し始めました。「日本版DMO」と呼ばれる新たな指針を打ち出し、地域を統合的にマネジメントする組織作りを進めることで、観光産業の振興や地方創生の加速を図ろうとしたのです。
さらにはインバウンド(海外からの旅行客)の増加を受け、各地域で国際的な競争力を付ける必要性が強く叫ばれるようになりました。外国人旅行者にとっては、市町村の境界線などはあまり重要ではありません。彼らは一つの広域エリアや興味のあるテーマを軸にして旅をします。そのため、広域的・横断的な観光計画の立案や情報発信が求められ、従来の縦割り体制では対応しにくくなった面があります。こうした背景も、日本版DMOが全国に広がりつつある大きな要因の一つといえます。

DMOの役割
DMOが担う役割は多岐にわたりますが、大まかに分けると以下のようになります。

  1. 地域のビジョン策定・ブランド戦略
    • 地域の将来像や観光を通じた地域振興の方向性を検討し、明確なビジョンを設定する。
    • そのビジョンに基づき「この地域といえば○○」というようなイメージのブランディングを行う。
  2. マーケティング・プロモーション
    • 旅行者のニーズやトレンド、人口動態などを専門的に調査・分析し、適切なターゲットに向けて効率的に情報発信を行う。
    • SNSやデジタルマーケティングを活用した広報活動だけでなく、メディアとの連携、旅行会社への商品造成提案なども担う。
  3. 観光資源の管理・商品開発
    • 地域の自然・文化・歴史などの観光資源を保護・育成しつつ、新たな観光コンテンツを開発する。
    • イベントや体験プログラム、周遊ルートなどを地域全体でコーディネートし、滞在型観光への誘導を図る。
  4. 地域内外の連携調整
    • 宿泊事業者、飲食店、交通、商工会、行政、NPOなど、多岐にわたるステークホルダーをまとめる。
    • それぞれが抱える課題や意見を吸い上げ、地域全体の方向性に合わせて調整を行う。
  5. 効果測定と持続可能性の担保
    • 観光施策の効果を定量的・定性的に評価し、次の戦略にフィードバックをかける。
    • 地域社会・文化・環境との調和を図り、観光が単なる一過性のブームではなく、持続的な利益と活力を生むことを目指す。

これらの役割は、従来の観光協会や自治体観光課が断片的に行ってきた業務を、より専門性を高め、かつ横断的に結びつける仕組みとして機能することが期待されています。

DMO導入によるメリット
次に、DMOの導入によって得られるメリットを整理します。特に観光業やそのほか地域事業者にとっては、以下の点が重要となるでしょう。

  1. 専門的なマーケティングの強化
    • 従来、個々の事業者や観光協会が独自に行っていたマーケティング活動を、DMOが一元的に行うことで、より戦略的かつ一貫性のある広報が可能となります。
    • インバウンド対策やSNS活用など、従来の枠組みを越えた新たなプロモーション手法を導入できる可能性が高まります。
  2. ブランド力の向上
    • DMOは「地域ブランド」の強化を大きなミッションとしています。個々の事業者単位では困難だった統一イメージの創出や、ストーリー性のある地域の発信により、観光地全体の価値が高まります。
    • 「地域のオリジナリティ」を打ち出す際には、農産物や海産物、伝統工芸などとも連動でき、観光のみならず地域産業全体がブランド恩恵を受けやすくなります。
  3. コスト削減と資源の有効活用
    • 集客や宣伝、イベント企画などをDMOが主導することで、個々の事業者がバラバラに予算をかけるよりも効率的に利用ができます。
    • スタッフの専門性が高まれば、同じ費用でもより効果的な施策を実行できるため、コストパフォーマンスの向上が見込めます。
  4. 地域全体の巻き込みによる魅力創出
    • DMOsは宿泊や飲食、交通だけでなく、商業、文化団体、教育機関などをも巻き込んだ広範な連携を推進します。
    • これによって「観光客が来ただけでなく、そのまま街歩きをして買い物や体験を楽しむ」といった波及効果が期待できるため、地域経済の活性化につながりやすくなります。
  5. 持続可能な観光地づくり
    • 観光客の受け入れ過多によるオーバーツーリズム問題の回避や、環境保全などもDMOが配慮すべき事項として位置づけられます。
    • 単なる数の拡大ではなく、質の高い観光体験を提供し、地域の魅力を損なわない運営が期待されます。

DMO導入によるデメリットや課題
DMOは万能の組織ではなく、導入や運営にあたってはいくつかの課題や懸念があります。実際の運用上、以下のような問題に直面する場合が少なくありません。

  1. 初期費用・運営資金の確保
    • 新たにDMO組織を立ち上げる場合、専門人材の採用やマーケティング調査・プロモーション費用など、かなりの資金が必要となります。
    • 国や自治体からの補助金や支援策はあるものの、安定的な財源をいかに確保するかが課題となります。
  2. 既存団体との役割分担・摩擦
    • 観光協会や行政の観光担当課など、従来から地域の観光施策を担ってきた団体との重複や摩擦が起こるケースがあります。
    • 「DMOが来たことで自分たちの役割が奪われるのではないか」という不安を抱える関係者もおり、信頼関係を築くための調整が不可欠です。
  3. データ分析や専門性の不足
    • DMOの強みはデータに基づく戦略的なマーケティングにありますが、地方のDMOでは専門人材が不足している場合もあります。
    • 適切な研修や人材育成のシステムが整っていないと、DMO本来の機能が十分に発揮されない懸念があります。
  4. 地域住民との合意形成
    • DMOが掲げるビジョンや施策が、地域住民の生活や文化と軋轢を生む可能性もあります。
    • 観光客が増えすぎることによる生活環境の悪化や、観光優先の開発が文化継承と対立するケースなど、事前の協議が欠かせません。
  5. 成果が出るまでに時間がかかる
    • DMOsは中長期視点で地域をマネジメントしていく組織です。
    • 目に見える成果が出るまでに数年単位の時間がかかることは珍しくなく、短期的な評価にとらわれると腰折れになるリスクがあります。

地域の既存事業者は、どのように接していけばいいのか?
DMOが設立されたからといって、地域の事業者が受け身でいるだけでは、恩恵を十分に享受できない可能性があります。むしろ積極的に連携し、自社や自施設の強みをDMOにアピールしていくことが重要です。以下に、具体的なアクションの例を挙げます。

  1. 情報提供・課題共有
    • 宿泊施設や飲食店、商店などは自社の客層や売れ筋、課題などをDMOに積極的に提供し、観光客の実態やニーズ把握に協力する。
    • 例えば「オフシーズンの稼働率」「外国人観光客の動向」など、現場ならではの情報はDMOにとって貴重なデータとなります。
  2. 共同企画やプロモーションへの参加
    • DMOが実施するキャンペーンやフェア、イベント企画などに積極的に参加することで、地域全体の露出が高まった際に自社の宣伝効果が得られます。
    • 単なる広告参加だけでなく、商品開発やツアー造成などのアイデアを共に考え、新しい体験プランを生み出すことも可能です。
  3. 新たなメニュー・サービスの開発
    • DMOsは地域資源の再発掘や、新たな体験プログラム開発を重視します。各事業者が自社の特徴を活かし、DMOと連携して独自のメニューやプログラムを作れば、新しい需要を喚起できます。
    • 例:地元食材を使った限定メニュー、地域の文化体験とのコラボ企画、インセンティブツアー向けの特別プランなど。
  4. 人材育成・研修への参加
    • DMOが開催する研修や勉強会、セミナーなどに参加し、最新のマーケティング手法やホスピタリティに関する知見をアップデートする。
    • SNS活用や外国語対応など、個社ではなかなか学びづらい知識やノウハウを得られる機会になるでしょう。
  5. 情報共有とネットワーキング
    • DMOsは多様なステークホルダーをつなぐハブとしての役割を担います。他分野の事業者とつながることで、新たなコラボレーションが生まれる可能性が高まります。
    • お互いの課題やビジョンを共有し合い、DMOを介して解決策を模索することで、地域全体の質や価値が向上していきます。

熱海におけるDMO導入の意義
ここからは、実際に熱海を例に取りながらDMOの導入意義を考えてみましょう。熱海といえば海と温泉の町として知られており、古くから観光地として栄えてきました。一時は観光客数が大きく減少した時期もありましたが、近年は再ブームといわれるほど活況を取り戻しつつあります。しかし、それでもなお課題は残っています。

  • 季節変動や平日と週末のギャップ
    • 繁忙期と閑散期の差が激しく、オフシーズンの経営安定が大きな課題となっています。
  • 外国人観光客へのアピール
    • 東京や京都ほどの認知度は海外ではまだ限定的で、インバウンド誘客にはさらなる戦略が必要です。
  • 伝統文化・地域資源の活かし方
    • 熱海芸妓や花火大会など、魅力的な文化・イベント資源がある一方で、それらを一元化して効果的に情報発信する仕組みは十分ではないかもしれません。
  • 若者や企業家の流入
    • 多くの旅館やホテルのオーナーが高齢化している現実もあり、新規事業や革新的なサービスを生み出すには、若手人材の定着が欠かせません。

DMOが熱海で導入されると、これらの課題を包括的に捉えて、長期的ビジョンのもとに戦略を立案し、実行していくことが期待できます。例えば、熱海を「温泉×海のヘルスツーリズム拠点」と位置づける戦略や、温泉街のリノベーションによる新たな観光コンテンツ創出、インバウンドのニーズに合わせた周遊プログラムなども考案できるでしょう。DMOが中心となって地元宿泊施設や商店街、飲食店、交通機関、行政などを結びつけ、ブランドを統一してアピールすることで、より一貫性のある観光地のイメージを作り上げることが可能になります。

DMO設立・運営時のポイント
実際にDMOを設立し、運営していくうえで大切なポイントをいくつか挙げます。

  1. 官民連携の明確化
    • DMOは官民問わず多様な主体が関わりますが、特に自治体との連携は重要です。行政が担う役割(公共インフラ整備、制度設計など)とDMOが担う役割(民間的なマーケティング・経営視点)は重なる部分も多く、うまく切り分けや協力体制を築くことが成功のカギとなります。
  2. 収益モデルと会計の透明化
    • 運営資金を会員費、自治体補助金、スポンサーシップ、特定事業収益などからどのように集め、どのように使うのかを明示する必要があります。
    • 会計が不透明だと信頼を失い、地域の事業者が協力を渋る要因になりかねません。
  3. データ活用と人材育成
    • DMOsはデータドリブンな組織運営が理想とされます。観光客の属性や移動経路、消費行動などをビッグデータやアンケートから分析し、次なる戦略へ反映する。
    • そのためには、データ分析ができる人材や、情報を正しくインプットする現場の協力体制が不可欠です。
  4. 地域住民への説明責任・合意形成
    • 観光客が増えることで生じるメリットだけでなく、騒音や交通渋滞、ゴミ問題などのデメリットにも対処しなければなりません。
    • DMOが住民との対話の場を設定し、地域コミュニティと一緒に問題解決策を考えることで、持続的な観光地運営を可能にします。
  5. 長期視点と短期施策のバランス
    • DMOによる地域づくりは5年、10年といった長期的スパンでの効果を目指すものです。一方で、経済状況やトレンドの変化が速い現代では、短期的な施策で成果を出す工夫も必要。
    • 一定の期間ごとに目標やKPIを設定し、進捗を確認しながら柔軟に戦略を修正するPDCAサイクルが求められます。

コロナ禍以降の変化とDMOの意義
新型コロナウイルスの影響で観光需要が大きく落ち込んだ時期がありましたが、今後はリベンジ消費や国内観光促進策などを背景に、再び観光の需要は上向くと予想されます。また、海外からの観光客も段階的に戻り始めています。
このタイミングでDMOを強化・拡充しておくことは、コロナ禍を通じて学んだ「持続可能性」や「分散化」「安全・安心」「高付加価値化」などの課題を反映した新たな観光モデルを構築するうえで極めて重要と言えるでしょう。特に、これまでのように単に人を呼び込むだけでなく、一人ひとりの滞在価値を高めるための施策を念入りに企画し、それを地域全体で協力して形にしていく役割をDMOが担うことが期待されます。

地域事業者が今から始められること
DMOの本格始動を待つ前に、既存事業者が取り組めるアクションとしては次のようなことが考えられます。

  • 顧客分析の充実
    • 自施設の顧客データを整理し、どのような層がいつ・どのくらい利用しているかを明確にする。自社サイトやSNSのアクセス解析、口コミサイトのレビュー分析など、低コストで取り組める方法もあります。
  • コンセプトの明確化
    • 自社の強みや特徴を改めて言語化し、将来のDMOが掲げる地域ブランドやビジョンとどうシナジーを生むのかを考えてみる。
  • 地域連携の強化
    • 同業種・異業種問わず、地域内の事業者同士で情報交換を始める。DMOがハブとなる前にも、すでに顔の見える関係性を築いておけば、後々の共同企画がスムーズに進めやすくなります。
  • 研修・セミナーの参加
    • 地域の商工会や自治体主催のセミナー、観光関連の講習など、学びの場に積極的に参加し、DMO時代のマーケティングやデジタル技術の基礎知識を養う。
  • SDGsやESGの視点を導入
    • 持続可能な観光の重要性が増す中、環境負荷を減らす取り組みや地域社会に配慮したビジネスモデルなどは、後々DMOのブランド戦略とも整合性がとりやすくなる可能性があります。

熱海の未来とDMOの可能性
熱海は古くからある温泉旅館文化と、新しいリゾート開発や観光コンテンツが混在する興味深い地域です。最近は古い空き家をリノベーションしたカフェやゲストハウスなども登場し、若者やクリエイターが熱海に集まる動きも少しずつ見られます。これを一過性のブームで終わらせないためにも、DMOによる中長期視点の戦略づくりが重要になります。
例えば、温泉・海・山の自然を活かしたウェルネス観光や、地元の歴史・文化を感じられるストーリーテリング型の周遊プログラムなど、まだまだ可能性は大きいと考えられます。さらに、国際的な学会や企業イベントの誘致を強化すれば、MICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition/Event)分野でも一定の需要が見込めるかもしれません。DMOがイニシアチブを取って地域のリソースを結集させ、魅力的なプランを展開すれば、新しいお客様を取り込む好循環が生まれるでしょう。

まとめと今後の展望
DMOは地域の観光を包括的にマネジメントするための組織であり、その導入には大きなメリットがある一方で、資金・人材・組織間の摩擦などの課題も存在します。しかしながら、日本版DMOの動きが進む昨今、各地で着実に事例とノウハウが蓄積されつつあります。
観光地として長い歴史を持つ熱海においても、DMOがうまく機能すれば、これまでの温泉・保養地イメージにとどまらない新たなブランド形成や、高付加価値観光への転換が期待できます。地域の既存事業者にとっては、DMOの動きをただ眺めるのではなく、主体的にかかわっていくことで、地域全体のパイを大きくし、自らのビジネスチャンスも広げる契機となるはずです。
今後はアフターコロナ時代の観光需要回復、インバウンド市場の再活性化、地方創生の推進など、多くの要素が相まって観光の在り方がさらに変わっていくでしょう。その変化に合わせてDMOも進化を続けることが望まれます。
熱海においても、「温泉と海の町」という強みは不変の魅力ですが、そこにどのような新たな価値や体験を加えていくかは、今後の地域全体の連携やDMOのビジョンにかかっています。持続可能で豊かな観光地を目指すためにも、地域事業者同士が連携し、DMOを活用しながら観光戦略をブラッシュアップしていくことが不可欠です。
今回ご紹介したように、DMOは単なる流行語や一時的な組織ではなく、地域の未来を形づくる重要な枠組みとなり得ます。熱海をはじめとする観光地が目指すべき方向性を考える上で、ぜひDMOの役割と可能性を再確認していただき、積極的な関与と連携に踏み出していただければと思います。

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