【書籍】『デューン 砂の惑星』徹底考察 ~銀河帝国と救世主伝説の原点~

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はじめに

フランク・ハーバート(Frank Herbert)の代表作『デューン 砂の惑星(Dune)』は、SF史において不朽の名作と評される大作シリーズの原点です。1965年の出版当初、複雑に入り組んだ政治的・宗教的・生態学的要素を盛り込みながら、一人の若き貴公子が銀河の運命を大きく変えていく壮大な物語として脚光を浴びました。本作はネビュラ賞やヒューゴー賞を受賞し、SF文学のみならず、その後の映像作品や多様なメディアにも大きな影響を与えています。

『デューン 砂の惑星』は広大な銀河帝国を舞台に、「メランジ(スパイス)」という不可欠かつ神秘的な物質をめぐる覇権争いと、主人公ポール・アトレイデスの数奇な宿命を中心に展開していきます。高い戦闘能力や予知能力を秘めた王子が、砂漠の民フレメンとの出会いを通じて“救世主”としての道を歩み始めるストーリーは、後のSF作品のみならず宗教・哲学的テーマを内包しており、読み手に多くの示唆を与えます。

砂の惑星

1. 作品の概要

1-1. タイトルと出版背景

  • 原題:Dune
  • 日本語タイトル:デューン 砂の惑星
  • 著者:フランク・ハーバート (Frank Herbert)
  • 初版発行:1965年

フランク・ハーバートは20世紀アメリカのSF作家であり、ジャーナリストや評論家としても活躍した人物です。当時のSF界はアイザック・アシモフやロバート・A・ハインラインなどの巨匠が主流でありましたが、その中でハーバートは独自の叙事詩的な作風によって異彩を放ちました。
『デューン 砂の惑星』は初刊行の際、複数の出版社から「内容が難解すぎる」と敬遠される事態もあったと伝えられています。しかしながら、最終的にはチャルトン・ブック社(Chilton Book Company)によって刊行されるや否や、SFファンのみならず文学界にも衝撃を与え、1966年にはネビュラ賞とヒューゴー賞を同時受賞するという快挙を成し遂げました。

本作がもたらした革新性の一つとして、従来のSFにはあまり見られなかった「宗教」「政治」「環境工学(エコロジー)」といった要素を複合的に取り入れた点が挙げられます。とりわけ、“砂漠の惑星”という厳しい自然環境の設定を通じて、人間社会が自然とどう向き合うのか、そして人間同士がいかに権力をめぐって争うのかを多面的に描き切ったことが高く評価されました。

1-2. 舞台設定:アラキス(デューン)と銀河帝国

作中では、版図が広大な「銀河帝国」が成立しており、その中で諸侯(Great Houses)たちがそれぞれ勢力を保持しています。アトレイデス家やハルコンネン家は、その代表的な大貴族として長きにわたって対立を続けてきました。帝国には皇帝シャダム4世が君臨しており、諸侯たちの権力闘争を抑え込む一方で、宇宙航行ギルドやベネ・ゲセリットといった強力な組織が、政治・経済・宗教をさまざまな形で操っています。

物語の中心となる惑星アラキスは、その一面が過酷な砂漠で覆われているため、「デューン」という通称で呼ばれています。アラキスの最大の特徴は、銀河で唯一「メランジ(スパイス)」と呼ばれる希少物質が採掘できることです。メランジは人間の寿命を延ばし、神秘的な精神拡張効果をもたらすうえ、航行ギルドが恒星間航行を行う際に必要不可欠な“時空ナビゲーション”にも利用されます。そのため、メランジを支配する者は銀河の経済と政治を支配すると言っても過言ではなく、この惑星を巡る争いが物語の骨子となっていきます。

1-3. 主人公:ポール・アトレイデス

物語の主人公はアトレイデス公爵家の嫡男、ポール・アトレイデスです。彼の父親は、名将としての名声を持つレト公爵。母親はベネ・ゲセリットと呼ばれる神秘的な修道会の出身であり、ポールはベネ・ゲセリットの高度な訓練を一部受けながら成長してきました。物語が始まる時点で15歳程度の年齢ですが、すでに高い知性と直感力、さらに潜在的な予知能力の芽を秘めています。

ベネ・ゲセリットは長きにわたり「人類の遺伝子統合」と「超人の創出」を目指す計画を進めており、ポールはその“計画外の存在”として生まれ落ちました。彼に与えられる試練と運命は、単なる貴公子の成長物語に留まらない銀河規模の変革を予感させるものとなります。

ベネ・ゲセリットが目指した超人“クィサッツ・ハデラック(Kwisatz Haderach)”の出現が物語の大きな伏線であり、ポールに託される“救世主”としての宿命が、多くの登場人物の思惑を複雑に絡め取りながら進んでいくのが本作の特徴です。

2. 物語の主な構成と特徴

ここでは、『デューン 砂の惑星』のストーリーを大まかな流れに沿って整理し、本作ならではの特徴的な部分を紹介します。物語は大きく以下の段階に分けられ、それぞれが政治劇・冒険譚・宗教的啓示など多彩な要素を含んでいます。

2-1. アトレイデス家のアラキス移住と陰謀

物語は、皇帝の命によってアトレイデス家が惑星アラキスの統治権を与えられるところから始まります。かつてハルコンネン家が牛耳っていたメランジ採掘事業を、アトレイデス家が引き継ぐ形となったのです。しかし、これは単なる恩恵ではなく、皇帝とハルコンネン家が裏で結託してアトレイデス家を一掃しようとする罠でもありました。

  • レト公爵の理想と政治手腕
    レト公爵は仁義と騎士道を重んじる名君として知られ、配下の兵士や民衆からも厚い支持を得ています。一方で、ハルコンネン家は残酷かつ奸智に長け、アトレイデス家に深い恨みを抱く伯爵ウラディミール・ハルコンネンがトップに君臨しています。
    帝国の皇帝シャダム4世は、軍事力が高まってきたアトレイデス家を警戒し、ハルコンネン家との共謀によりアラキス移住を利用して罠にかけようと画策します。
  • ポールの立場と始動する運命
    ポールは若くして父レト公爵を補佐しながら、ベネ・ゲセリット仕込みの身体訓練や心法を学習していました。彼には断片的な“予知夢”が見えることがあり、その多くが灼熱の砂漠の中で何か重大な出会いを予兆するものでした。アラキスへの移住が彼の潜在能力を開花させ、同時に人生を大きく変えることになるのです。

2-2. アラキスでの試練とフレメンとの出会い

アラキスは恐るべき砂嵐と巨大なサンドワーム(砂虫)が跋扈する過酷な惑星ですが、その砂漠には先住民フレメンが住み着いています。彼らは極限の環境でも生き抜くための独自の技術や文化を育み、外部の支配者には従わない誇り高い戦士集団として知られています。

  • フレメンの伝説と「リサーン・アル=ガイブ」
    フレメンの間には、未来の預言として“リサーン・アル=ガイブ(他所から現れる救世主)”を待望する信仰がありました。ポールの母ジェシカがベネ・ゲセリットの高等技術である「ヴォイス」を使い、フレメンの指導者(ナアイブ)たちの尊敬を得たことに加え、ポールのある行動によって、フレメンたちは彼を“救世主”とみなす兆しを見せ始めます。
  • ハルコンネン家の襲撃とアトレイデス家の崩壊
    やがてハルコンネン家と皇帝のサルダウカー(精鋭部隊)による大規模な襲撃があり、アトレイデス家は大打撃を被ります。レト公爵は捕らえられ、ポールとジェシカは砂漠へ逃亡を余儀なくされます。戦いの中で多くの忠臣を失ったポールは、わずかな手勢とともに行方不明となり、銀河全土に「アトレイデス家は滅亡した」との報が流れます。
    しかし、実際には砂漠へ逃げ込んだポールとジェシカがフレメンたちに保護される形で生き延び、新たに“自由の戦士”として過酷な環境の中で生きる力を学んでいくことになります。

2-3. 砂漠での覚醒:ポールの成長と救世主伝説の具現化

フレメンの集落(シエッチ)で過ごすうち、ポールはフレメン文化を学び、砂漠を自在に移動する術、サンドワームを操る方法など、過酷な環境で生き抜くための実践的能力を身につけていきます。それと同時に、彼が見る“予知”はより鮮明になり、ベネ・ゲセリットの宿願でもあった超人的存在へと近づきつつあります。

  • “ムアッディブ”の名とカリスマ性
    フレメンの間でポールは「ムアッディブ」という名を名乗り始め、指導者として認められます。砂漠の生態を熟知したフレメン戦士たちは、これまでハルコンネン家の圧政と弾圧に苦しめられてきましたが、救世主の到来を信じて各地で蜂起する気運を高めていくのです。
    ポール自身も予知夢を通じて「自分がフレメンを率いて銀河を制する可能性」「ジハード(聖戦)が銀河全土を炎上させるイメージ」を見始め、あらがい難い運命に巻き込まれていきます。
  • フレメンの女性チャニとの出会い
    ポールのフレメン生活を語るうえで欠かせないのが、フレメンの女性チャニの存在です。彼女はポールが予知夢でたびたび目にしていた少女であり、後に彼の伴侶となる人物でもあります。チャニとの出会いは、ポールが砂漠と一体化し、フレメンとしてのアイデンティティを確立する大きな転機になります。

2-4. クライマックス:フレメン反乱と皇帝への挑戦

物語の最終局面では、フレメンたちが結集し、ポールを先頭にハルコンネン家と皇帝のサルダウカーに対して反旗を翻します。サンドワームを巧みに利用したゲリラ戦術、そしてポールの予知能力やベネ・ゲセリット由来の特殊能力が組み合わさり、常識を超えた戦力を発揮するフレメン軍が、銀河帝国の最強戦力すら圧倒していくのです。

  • 皇帝シャダム4世との対峙
    皇帝は最終的にアラキスへ乗り込んできますが、ポール率いるフレメン軍の攻撃によって、もはや王座を維持できる状況ではなくなります。決定的な場面でポールは、皇帝とハルコンネン伯爵を同時に追いつめ、究極の選択を迫ることで銀河全土の支配権を事実上掌握するに至ります。
  • ポールの勝利とその余波
    ポールは皇帝の娘イララン王女との政略婚を通じて、帝国を実質的に掌握します。しかし、彼の胸中には「ジハード(聖戦)」が銀河中に膨張していく予兆が色濃く存在し、勝利の喜びと同時に、この先に待ち受ける多大な犠牲を見通す苦悩が強く描かれます。
    物語は、フレメンの救世主として君臨し、皇帝をも凌駕する権力を得たポールの姿で幕を下ろします。しかし彼自身は「これが終わりではなく、巨大な運命の始まりにすぎない」という感覚を拭えないまま、新たな時代を切り開く立場になってしまうのです。

3. 作品に流れる宗教・政治・生態学的テーマ

『デューン 砂の惑星』はスペースオペラとしての壮大な戦闘や冒険だけでなく、複数の重層的なテーマを内包している点が大きな特徴です。以下では、それぞれの要素がどのように物語を支えているかを考察します。

3-1. 宗教的要素とメシア思想

本作には、多種多様な宗教・精神文化が交錯し、“救世主(メシア)”を待望する信仰体系が複数の集団に存在します。特に、フレメンがポールを“リサーン・アル=ガイブ”として迎え入れる流れは、イスラム教のマフディー思想や、キリスト教・ユダヤ教におけるメシア思想などを彷彿とさせます。

ベネ・ゲセリットが長年にわたって“神話の刷り込み”を行い、各惑星に予言や伝説を巧妙に植え付けていたという設定もあり、「宗教」と「政治操作」が密接に結びついている構図が見えてきます。ポールはその集大成のような存在として“神話”の中心に担ぎ出され、自身の意志を超えて神格化されていく過程が、後の展開における苦悩を予感させるものとなります。

3-2. 政治権力と貴族社会

銀河帝国には皇帝、諸侯、そしてギルドやベネ・ゲセリットなどの独立勢力が存在し、それぞれが綱引きを続けています。こうした複雑な権力構造は中世ヨーロッパの封建体制を思わせつつ、SF的な未来社会の要素が加味されることで独特の風格を醸し出しています。

ハーバートが描く政治劇の凄みは、アトレイデス家やハルコンネン家が互いの名誉と裏工作を駆使して争うだけでなく、皇帝自体がそれを利用し、さらにはベネ・ゲセリットや宇宙航行ギルドが秘密裏に動くことで多層的な駆け引きが成立している点にあります。数多くのキャラクターが入り乱れながら、物語全体を通して一貫した権力闘争のドラマが展開されるのです。

3-3. 生態学(エコロジー)の視点

『デューン』シリーズを他のSF作品から際立たせる重要なポイントとして、生態学的なテーマが挙げられます。アラキスが厳しい砂漠惑星であることに加え、サンドワームとメランジの生態系が密接に関係し、フレメンが環境改造(テラフォーミング)を夢見ているという要素が盛り込まれています。

フレメンたちは長年にわたって、アラキスを“水が豊かな緑の惑星”へ変える計画を密かに進めてきましたが、これは単なるSF的なガジェットに留まらず、環境をめぐる倫理観や人間の営みが自然に与える影響についての大きなテーマを提示しています。アラキスの砂漠環境がフレメンの文化・宗教・戦闘技術まで規定している点も含めて、生態学的リアリズムが作品の骨格を強固にしているのです。

3-4. 超人思想と遺伝子操作

ベネ・ゲセリットは「人類の潜在能力を最大化する」という長大な計画のもと、血統管理や遺伝的プログラムを進めてきた修道会であり、本作の根底にはニーチェ的な“超人思想”の影響も見受けられます。ポールが生まれ持った予知能力や卓越した身体能力は、こうした計画の産物とも言えますが、彼の誕生が“計画外”の形であったことがベネ・ゲセリットの意図を超えた新たな歴史を生み出していくのが興味深い点です。

遺伝子操作や血統操作のモチーフは、やがてポールの子孫へと続くシリーズ全体を通しての重要テーマとなり、「救世主(クィサッツ・ハデラック)」を巡る数々の葛藤や悲劇を生み出す原動力にもなっています。

4. 後世の映画やメディアへの影響と関連作品

『デューン 砂の惑星』はSF文学のみならず、映画やテレビドラマ、ゲームなど幅広いメディアに影響を与えてきました。ここでは、作品の映像化の歴史や、SF界全体に及ぼした影響について掘り下げます。

4-1. 映画化の試み

  1. アレハンドロ・ホドロフスキー版(1970年代)
    最初期には前衛芸術家で映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキーが映画化に挑みました。ホドロフスキーはダリやオーソン・ウェルズ、H.R.ギーガー、クリス・フォスなどを集め、破格のスケールと視覚的革命を目論みましたが、予算面やプロデューサーとの折り合いなどで企画は頓挫。後にこの計画は伝説的な「幻の映画プロジェクト」として語り継がれ、『ホドロフスキーのDUNE』というドキュメンタリー映画にもまとめられています。
  2. デヴィッド・リンチ版『デューン/砂の惑星』(1984年)
    その後、ディノ・デ・ラウレンティスのプロデュースにより、鬼才デヴィッド・リンチがメガホンをとった映画版が実現しました。しかし、原作の分量を2時間程度に収めるのは至難の業であり、脚本の改変やカットされた設定が多く、原作ファンからは「駆け足」「原作を再現しきれていない」との批判がありました。一方で、映像美やキャラクターの不気味さはリンチ的センスが遺憾なく発揮され、カルト的な人気を得ています。
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  3. TVミニシリーズ:『Dune』『Children of Dune』(2000年、2003年)
    2000年前後に米サイファイチャンネルが製作したTVミニシリーズでは、原作の細部をある程度忠実に映像化し、特に続編『Children of Dune』では『デューン 砂漠の救世主』と第3作『デューン 砂丘の子供たち』を統合して描かれました。映画版よりも尺の余裕があったため、政治劇やキャラクター心理をより丁寧に表現できたと評価されています。
  4. ドゥニ・ヴィルヌーヴ版『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021~)
    現代のSF映画の名手ドゥニ・ヴィルヌーヴが監督を務めた新作映画は、原作を複数パートに分割して製作される計画で、第1部は2021年に公開されました。広大な世界観をビジュアル的に重厚かつ洗練された形で描き、原作ファンからも高く評価されています。続編(Part Two)による完結編の製作が進行中であり、シリーズ全体として再評価が高まっている最中です。
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4-2. ゲーム・コミックなどのメディアミックス

  • PCゲーム『Dune II』
    1992年にウエストウッド・スタジオが開発したRTS(リアルタイムストラテジー)ゲーム『Dune II』は、のちの『コマンド&コンカー』や『ウォークラフト』シリーズに直接影響を与えました。砂漠で資源を採掘し、敵陣営を攻略していくというゲーム構造は、“メランジ採掘”の設定を活かした先駆的な作品でもあります。
  • ボードゲームやコミック
    “砂の惑星”をモチーフにしたボードゲームやコミック版も存在し、コアなファンを中心に根強い人気を保っています。ただし、最も広範に展開されたのはやはり第1作目のストーリーであり、『デューン 砂漠の救世主』など続編の内容を忠実に追ったメディア化作品は比較的少数です。

4-3. 後のSF作品へのインパクト

『デューン』は、「スペースオペラ的な銀河叙事詩」と「宗教・政治・生態学的考察」を融合させた点で、後のSF作品に多大な影響を与えました。代表的な例としてスター・ウォーズ・シリーズや、アーシュラ・K・ル=グウィンの諸作品などが挙げられます。銀河規模の帝国・砂漠の惑星・“選ばれし者”の物語など、『デューン』と共通するモチーフを多くのクリエイターが参照していることは広く認められています。

5. 「超人的目線」で読み解く深堀り分析

ここからは、ややメタ的・神話的視点をも交えた深堀りを試みます。『デューン 砂の惑星』における主人公ポールの立場や、作品全体を貫く宗教・哲学のモチーフを整理しつつ、「人知を超えた存在がこの物語をどう見るか」を想定した分析です。

5-1. ポール・アトレイデスの超人化と神話創造

ポールは、ベネ・ゲセリットの血統管理と、過酷なアラキス環境、さらにフレメンという強靭な文化に触れることで、一種の“超人的存在”へと変貌を遂げます。これはジョーゼフ・キャンベルのいう「英雄の旅」に例えられることも多く、未知の世界(砂漠)への踏み込み、試練の克服、師との出会い、そして世界全体の変革に至る物語が忠実に踏襲されます。

しかしながら、ポールの“超人”としての側面は同時に「神話創造」の道でもありました。ベネ・ゲセリットが各地に撒き散らした救世主伝説や、フレメンの自然発生的な信仰が相まって、ポールはまさに“神”として崇められ始めるのです。超人性と神格化は紙一重であり、周囲の期待や熱狂が増幅するほど、ポール自身の内面は「神として生きるか、人間としての自由を模索するか」の葛藤に苛まれます。

5-2. 運命と自由意志:予知能力の光と影

ポールは作中でしばしば予知夢や未来視によって、次に起こる可能性を垣間見ます。こうした“先読み”は彼に軍事上の圧倒的なアドバンテージを与えると同時に、“避けたい未来”を見てしまう苦悩も背負わせます。巨大な権力を得たがゆえに、銀河全体を“ジハード”に巻き込む未来が回避しづらくなる――この構造は後の続編『デューン 砂漠の救世主』以降でさらに強調されますが、本作でもすでに雛形が示されます。

「運命を知る」ということは、「運命から逃れられない」という決定論的な世界観を強化します。逆説的に言えば、“超人”になった結果、“運命に絡め取られる”という皮肉な構図が、ポールの神話性を一層奥深いものにしているのです。

5-3. 宇宙規模の宗教:フレメンの信仰とベネ・ゲセリットの工作

フレメンの民は非常に敬虔な精神構造を持ち、過酷な自然を畏怖しながらも、どこか武士道めいた誇り高い道徳観を共有しています。彼らがポールを救世主と仰ぐのは、ただの迷信ではなく、実際にポールがサンドワームを乗りこなし、メランジへの深い理解を示すなど、“選ばれし者”らしき超越的才能を発揮しているからにほかなりません。

一方で、ベネ・ゲセリットによる“伝説の仕込み”が働いており、フレメンが受け継いだ神話には人為的なプロパガンダ要素が混在しています。これらが複合的に機能し、ポールという存在に神性をまとわせることで、物語は「人類が自ら生み出す宗教と、真に超人的な力を持つ個人が邂逅したとき、いかなる世界が拓けるのか?」というテーマを追求しているともいえます。

5-4. エコロジカルな神話:アラキスを読み解く視座

「超人的目線」から見ると、アラキスそのものが一大生命体系として機能し、その核となるサンドワームがメランジ生成と惑星の生態循環を支えていることが見えてきます。ポールがサンドワームや砂漠に深く関与していく過程は、単に環境との闘いを示すのではなく、アラキスを“生きた存在”として捉え、共存や調和の可能性を模索していると言えます。

フレメンたちが“水”というリソースを神聖視し、アラキス改造計画を夢見る姿は、人類が自然環境をどう扱うべきかを神話的に問いかけるモチーフともいえるでしょう。特に、砂漠を緑化する計画は長期的なビジョンを必要とし、その過程にはサンドワームの生態への理解や、惑星規模の環境バランスが不可欠です。こうした“環境そのものが神話化されている”要素は、後のSFにはなかなか見られない独特の奥行きを生み出しています。

5-5. 人間の限界と救済:ポールの選択が示すもの

『デューン 砂の惑星』のラストで、ポールは若くして銀河帝国の頂点に立ちますが、そこに至るまでの道のりと予兆される未来を鑑みると、彼はただ“勝利”したのではなく“重責”を負ったのだと読めます。フレメンの救世主、アトレイデス家再興の英雄、そしてベネ・ゲセリットの予言を体現する存在――これらの肩書きはいずれもポールを縛りつける鎖になっている面があり、本人の自由意志はむしろ狭まった印象すら与えます。

それでも彼が進む道は「自身で選び取ったもの」なのか、それとも「遺伝子操作や神話的刷り込みのなれの果て」なのか――読者は作品を通じて、絶対的な回答を得ることはできません。むしろ、この問いを抱え続けることが『デューン』シリーズの醍醐味であり、神話と現実を織り交ぜた壮大な物語を支える原動力と言えるでしょう。

おわりに

『デューン 砂の惑星』は、ポール・アトレイデスという若き貴公子の成長と復讐劇を描きながら、読者を圧倒的な世界観へと誘うSF文学の金字塔です。その魅力は、単なる冒険譚や戦争ドラマとしての面白さにとどまらず、政治・宗教・生態学の要素を縦横に組み込んだ複合的なストーリーテリングにあります。読めば読むほど、各勢力の思惑やフレメン文化の詳細、メランジを介した宇宙の動きが交錯し、新たな視点が生まれてくるのです。

物語の結末でポールが銀河帝国を掌中に収める様子は、一見して華々しい勝利にも見えます。しかし、その背後には“ジハード”の予兆や、ポール本人が抱く痛切な覚悟が暗示されており、読者は「これが真の終わりではなく、さらなる苦悩と選択が始まる序章なのだ」と感じさせられます。この点が、続編『デューン 砂漠の救世主(Dune Messiah)』や『デューン 砂丘の子供たち(Children of Dune)』などへと連なる大河的な物語の原動力となっています。

続編への橋渡し

もし『デューン 砂の惑星』を読んで、ポール・アトレイデスがどのように帝国を統治し、フレメンの救世主として君臨しながらどのような苦悩を深めていくのかに興味をもたれた方は、ぜひ第2作目『デューン 砂漠の救世主』や第3作『デューン 砂丘の子供たち』へと進むことをおすすめします。そこではポールの物語がさらに深化・変容し、予知能力者ならではのジレンマ、権力継承をめぐる悲喜劇、フレメンたちの未来と惑星アラキスの変貌といった、よりスケールの大きなテーマが描かれます。

さらなる探求への扉

『デューン 砂の惑星』が含む壮大なテーマ――宗教的メシア、封建的権力闘争、遺伝子操作による超人化、生態系との共存や変革など――はいずれも現代の社会問題とも通じる普遍性を帯びています。読者に対しては「いかにして人間は環境を支配し、あるいは環境に支配されるのか」「権力や信仰は人々をどう変えていくのか」「運命と自由意志はどこまで両立しうるのか」といった根源的な問いを投げかけるのです。

こうしたテーマは一度読んだだけではすべてを掴みきれず、何度かの再読や他者との議論を通じて、さらに奥深い理解へ到達できる性質を持っています。長大なシリーズの入り口としての『デューン 砂の惑星』をしっかり読み解くことで、フランク・ハーバートが築いた壮大な銀河史の扉が開かれることは間違いありません。

もしまだ読んだことがない方は、ぜひ手に取ってみてください。その世界観の豊かさと物語の重厚さに圧倒されつつも、きっと、新たなSF体験の扉が開かれるはずです。そしてすでに読了済みの方であれば、改めて再読してみることで、見落としていた伏線や新たな示唆に気づくかもしれません。まさに“スパイス”のように多面的な味わいをもたらしてくれる作品――それが『デューン 砂の惑星』なのです。

砂の惑星

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