【書籍】徹底考察:コロンビアの歴史的背景と『百年の孤独』に見るコロンビア人のメンタリティ

スポンサーリンク
レクタングル(大)

Contents

はじめに:コロンビアを知る扉としての『百年の孤独』

コロンビアという国名を聞いたとき、多くの方がイメージするのは豊かなコーヒーの産地、あるいはラテンアメリカ特有のリズムを刻む音楽やダンス、近年はノーベル文学賞作家ガブリエル・ガルシア=マルケス(以下、マルケス)による名作『百年の孤独』に代表されるようなマジックリアリズムの文学世界かもしれません。また、一方で、かつては麻薬組織の活動などが世界に強烈な印象を与え、治安の問題で取り沙汰されることもありました。しかし、21世紀に入り、コロンビアは政治・経済・社会のあらゆる面で大きく変貌を遂げつつあります。

『百年の孤独』が世に出たのは1967年ですが、その物語世界に反映される歴史観や社会観、さらには登場人物たちのメンタリティはコロンビアの長い歴史に深く根ざしています。本稿では、この小説が描くエッセンスを導入として、コロンビアがどのような歴史的歩みを辿ってきたのか、そしてその歴史的文脈がどのようにコロンビア人の精神性に影響を与えているのかを探究します。さらに、コロンビアの歴史をアメリカ大陸全体の中の一部としてみることで、より俯瞰的な視点を得ることを試みます。

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)

第1章:アメリカ大陸史の中のコロンビア —— 多様性と断絶の背景

1-1. アメリカ大陸における先住民社会とヨーロッパの侵略

コロンビアの歴史を語るにあたって、まずはアメリカ大陸そのものが持つ多様で複雑な歴史を概観することが欠かせません。アメリカ大陸にはかつて、マヤ、アステカ、インカといった強大な文明だけでなく、他にも数多くの先住民社会が存在していました。コロンビアの地にも様々な部族や小規模国家が点在し、それぞれ独自の文化や社会組織、宗教体系を形成していたのです。

しかし、ヨーロッパ諸国、特にスペインが15世紀末に到達して以降、先住民社会は急激な変貌を余儀なくされました。スペインによる征服・植民地化によって先住民は圧倒的な武力差や疫病の流入にさらされ、多くの人命が奪われ、社会構造も大きく崩壊していきます。コロンビアの地域でも、先住民の人口は激減し、征服者や宣教師による文化的な変質が起こりました。このヨーロッパと先住民との交錯は、後世に渡ってコロンビア社会の多様性と葛藤を育む基盤となったのです。

1-2. スペイン植民地支配と「ヌエバ・グラナダ」

コロンビアの地はスペインの植民地時代、「ヌエバ・グラナダ(新グラナダ)」と呼ばれる副王領の一部となりました。ヌエバ・グラナダ副王領は現在のコロンビアやエクアドル、パナマ、ベネズエラを含む広大な領域をカバーしており、ボゴタはその中心都市のひとつとして行政の要を担っていました。

スペインによる植民地支配は、現地の資源の収奪やキリスト教布教を進める一方で、植民地社会に多階層の人種・身分制度をもたらしました。先住民、アフリカからの奴隷として連れてこられた人々、そしてスペイン本国から渡ってきた人々が複雑に混血していき、コロンビアは早い段階から「人種のるつぼ」としての多様な民族構成を育んだのです。

しかしこうした多民族の混在は、人々の間に深刻な格差や対立をも生み出しました。この時代に形成された身分制度の名残や、それに関連する社会階層の固定化といった問題は、コロンビアが独立を果たした後も根強く残り続けます。このような不平等の土台が、のちの内戦や暴力の連鎖へと繋がっていくわけです。

1-3. 大コロンビア構想と分断の歴史

19世紀に入り、ラテンアメリカ各地で相次いで独立運動が勃発しました。特にシモン・ボリーバルが中心的存在として活躍した北部南米地域では、1819年に「大コロンビア共和国」が成立します。これは現在のコロンビア、ベネズエラ、エクアドル、パナマを包含する巨大な連邦国家でした。しかし、大コロンビアの理想は内部対立や地域間の利害衝突から短期間で頓挫し、結局のところコロンビアは現在の領土規模を残して19世紀後半へと入っていきます。

コロンビアは独立後、共和制へ移行したものの、当初は強固な中央集権を求める保守派と、地域自治を重んじる自由派との間で激しい政治的闘争が続きました。これらの対立は後の内戦や政権転覆に直結する火種となり、コロンビアの近代化の道筋を複雑かつ困難なものにしていきます。

こうした分断と対立が繰り返されてきた歴史は、コロンビア国民のメンタリティに強い影響を及ぼしました。すなわち、度重なる内戦や政治的混乱に対するある種の諦念、同時に混乱の中でもしたたかに生き抜くための創意工夫や楽天的な思考といった、相反する要素が同居するような民族性が形成されていったのです。

第2章:コロンビア近・現代史の縮図 —— 暴力と和解のはざまで

2-1. 「千日戦争」と党派対立

コロンビアは19世紀末から20世紀初頭にかけ、「千日戦争」と呼ばれる大規模な内戦に突入しました。これは自由党と保守党の党派対立が頂点に達したもので、約3年間にわたり続いた内戦では数十万人規模の死者が出たとも言われています。当時のコロンビアの人口規模を考えると、非常に大きな犠牲であったことがわかります。

この長く続く内戦の終結後も、政権の座をめぐる党派争いは絶えず、コロンビアの政治的混乱は継続しました。頻繁に起こるクーデターや政変、暗殺事件などは、人々に政治不信や不安定感を植え付け、国家レベルでの秩序維持が困難な状況が日常化するようになります。

2-2. 「ボゴタソ」とラ・ビオレンシア

1948年、自由党の大統領候補だったホルヘ・エリエセール・ガイタンが暗殺された事件を発端として、首都ボゴタで大規模な暴動が発生しました。これを「ボゴタソ」と呼びます。ボゴタソは瞬く間に全国各地へと広がり、10年以上にわたる内戦状態「ラ・ビオレンシア(暴力の時代)」が始まります。

ラ・ビオレンシアの犠牲者は、保守党派と自由党派の双方が武装し、互いの支持者や農村部の人々を巻き込みながら拡大していきました。20世紀後半にかけて数十万人規模の死者が出たとされ、コロンビア史上でも特に深刻なトラウマを社会全体に刻み込んだ時代です。この悲惨な暴力の連鎖は、後に登場するゲリラ組織や麻薬カルテルの台頭にも繋がっていきます。

2-3. ゲリラ組織の台頭と麻薬問題

1960年代以降、コロンビアでは農村部の貧困や格差、政治的不満を背景として共産主義系のゲリラ組織が複数誕生しました。有名なものにはFARC(コロンビア革命軍)やELN(民族解放軍)などが挙げられます。これらの組織は国家権力に対して武力闘争を行い、コロンビアは長期にわたって国内紛争の場となりました。

さらに1970年代以降は、コカインの需要の高まりを受けた麻薬組織が台頭し始めます。メデジン・カルテルやカリ・カルテルといった巨大組織が、大量の資金力と武装力を背景に国内政治や社会に深刻な影響を及ぼしました。こうした暴力と犯罪の温床が続くなか、コロンビアの人々は治安の悪化や腐敗した政治構造など、多くの苦難に直面せざるをえなかったのです。

2-4. 和解への取り組み

21世紀に入り、コロンビア政府はゲリラ組織との和平交渉を断続的に進め、2016年にはFARCとの間で歴史的な和平合意が結ばれました。これにより、長期にわたって続いた内戦に一定の終止符が打たれ、コロンビア社会は徐々に新たな道を模索しはじめています。一方で、和平合意後も麻薬ビジネスや新たな武装勢力との衝突など、課題は山積していますが、観光や経済の面では大きく前進しつつあるのも事実です。

これら一連の歴史を振り返ってみると、コロンビアの人々は常に暴力や政治的対立、急激な変化の波に翻弄されてきたと言えます。だからこそ、その中で逞しく生き延びてきた精神性や価値観が、文学や芸術の領域で独特の色合いを帯びて表現されることとなったのです。そして、その集大成がガブリエル・ガルシア=マルケスによる『百年の孤独』なのかもしれません。

第3章:『百年の孤独』に見るコロンビアの歴史と社会

3-1. 『百年の孤独』のあらすじとマジックリアリズム

ガブリエル・ガルシア=マルケスの代表作『百年の孤独』は、架空の町マコンドを舞台に、ブエンディア家という一族の興亡を描いた長編小説です。その中でマルケスは、現実には起こりえないような奇跡的・超常的な出来事があたかも日常の延長のように描かれる「マジックリアリズム」の手法を駆使しています。

物語は、ホセ・アルカディオ・ブエンディアを始祖とするブエンディア家がマコンドの町を開拓する場面から始まり、幾多の戦争や内戦、政治の激変、そして町の繁栄と衰退が繰り返されるうちに、ブエンディア家の子孫たちが運命に翻弄されていく姿が描かれます。最終的には一族は自らの宿命とも言える「孤独」に囚われながらその歴史を閉じていくのです。

物語の中には、コロンビア特有の内戦や政治闘争を彷彿とさせるエピソード、あるいは列車やバナナ産業の開発など、実際の近代化の過程を思わせる描写も多分に含まれています。マルケス自身はこの作品を純粋な歴史小説だとは位置づけていませんが、そこにはコロンビアの近現代史が象徴的に投影されていることは多くの研究者が指摘するところです。

3-2. ブエンディア一族の物語とコロンビアの宿命

『百年の孤独』では、一族の各世代の登場人物たちが愛や裏切り、信念や情熱を携えて人生を送りながらも、最終的には孤独に陥っていく運命が繰り返されます。この構造は、ラテンアメリカにおける歴史の「円環性」や「反復性」、さらにはコロンビア社会の絶え間ない内戦や暴力の連鎖を連想させます。

コロンビアは先述の通り、スペイン植民地支配から始まり、独立後も数えきれないほどの党派対立や内戦、クーデターを経験してきました。『百年の孤独』の物語における「生と死」「始まりと終わり」「栄光と衰退」が延々と繰り返される構図は、コロンビアの歴史そのものを寓話的に描いたものと捉えられるのです。

さらに、作品の終盤にはバナナ会社が登場し、労働者の虐殺事件が起こる場面もあります。これは、1928年に実際に起きた「バナナ虐殺事件」を想起させる史実に基づいていると言われます。コロンビアではアメリカ合衆国の経済進出(ユナイテッド・フルーツ社など)に伴い、バナナ・プランテーションでの労働条件をめぐる問題が深刻化し、政府軍が労働者を武力弾圧した事件が実際に記録されているのです。このように『百年の孤独』には、コロンビア史を象徴するさまざまな出来事が断片的に織り込まれ、幻想と現実の境界が曖昧な世界で再構成されています。

3-3. 孤独と忘却 — コロンビア人の意識を暗示するもの

作品タイトルにもある「孤独(Soledad)」は、コロンビア人に特有の内面的感覚を象徴すると同時に、ラテンアメリカ全体の歴史的文脈にも通じるテーマです。『百年の孤独』の中で、ブエンディア一族はマコンドの外部世界からしばしば隔絶され、また互いに深い溝を抱えながら生きていきます。そこには「理解されないまま孤立して生きる」という姿勢と、「それでもなお生き抜いていく」という粘り強さが表れているとも言えます。

このような孤独感は、コロンビアという国家が外部から理解されにくかった歴史的背景とも重なります。たとえば、内戦や麻薬暴力といったセンセーショナルな断片的イメージだけが海外で拡散され、実際にそこで生活する人々の日常や複雑な文脈が見過ごされがちであったという事情が挙げられます。また、国内においても長期にわたる紛争や貧困が地域間の交流を妨げ、人々が「同胞を理解する手立て」を失いがちだった社会環境がありました。こうした事情が、コロンビア特有の孤独観を培い、かつ人々がそれを文学的に昇華する背景になったと考えられます。

一方で、『百年の孤独』には同時に「忘却」のモチーフも重要な役割を果たします。登場人物たちは歴史や記憶を共有しきれず、それが故に悲劇や混乱を繰り返します。これはコロンビア社会において、暴力の歴史や犠牲の事実が十分に検証されず、正義が実現されないまま風化していく様子とも重ね合わせることができます。

第4章:『百年の孤独』から見るコロンビア人のメンタリティ

4-1. 楽観主義と宿命論の共存

コロンビア人のメンタリティを語るときにしばしば指摘されるのは、困難な状況でもどこか楽天的でユーモアを失わない性質と、運命に対してどこか諦観するような姿勢の同居です。長年の内戦や政治的混乱を経験してきたため、一種の防衛機制として楽天主義やユーモアセンスが培われたとも言われます。

『百年の孤独』の登場人物たちにも、運命に抗おうとする強烈な意志を持つ者がいる一方で、その努力がすべて報われるわけではなく、最終的に「孤独」の力に絡め取られてしまうという宿命論が描かれています。この楽天主義と宿命論の共存は、コロンビアの人々が常に抱えてきたリアリティとも重なる部分が大きいのです。

4-2. ファミリズムとコミュニティ意識

コロンビアのみならずラテンアメリカ全体に言えることですが、家族やコミュニティの絆は非常に強いとされます。『百年の孤独』でもブエンディア家という一族を中心に物語が進行し、その結束や内部の対立がドラマを生み出しています。実際のコロンビア社会でも、家族や親戚、地域コミュニティが重要なセーフティネットの役割を果たし、多くの困難を乗り越えてきました。

このような強固なファミリズムやコミュニタリアニズムは、政治体制や経済状況が不安定になりやすいコロンビアでは必然的な生存戦略であったとも言えます。家族のつながりや地域社会の助け合いが、外部環境に翻弄されるリスクを減らす手立てだったのです。また、『百年の孤独』に描かれる一族の物語は、現実のコロンビア社会における家族・コミュニティの重要性を象徴的に表しているとも考えられます。

4-3. 宗教観と呪術的思考

コロンビア人の精神性の中には、深い宗教心や呪術的思考への親和性が指摘されることがあります。カトリック信仰はスペイン植民地時代からの長い歴史を持ち、現在でも多くの国民にとって重要な価値観であると同時に、先住民やアフリカ系住民の伝統的な信仰や習俗も混ざり合っています。

『百年の孤独』にも、マコンドにやってくるジプシーたちの魔術的な道具や、霊的な存在との遭遇が描かれ、超自然的な現象が日常と混在する世界観が提示されています。これは、ラテンアメリカに広く見られる「マジックリアリズム」の文学的特徴として語られますが、その根底にはコロンビア社会における宗教的・呪術的思考への親近感が強く横たわっているとも考えられます。理性や科学の世界観だけでは捉えきれない部分を超自然的な存在が補完するという感覚は、暴力や貧困などの理不尽な現実が日常化している社会において、ある意味では救いや合理化の役割を果たすのでしょう。

4-4. 記憶とアイデンティティ

『百年の孤独』において重要なモチーフとなる「忘却」は、コロンビアの人々の記憶やアイデンティティに深くかかわるテーマでもあります。長い内戦や暴力の歴史が、個人やコミュニティのレベルでどのように語り継がれ、あるいは隠されてきたのか。語り継がれる歴史の断片や民間伝承、そしてその背後にある沈黙やタブーもまたコロンビア人のアイデンティティ形成に影響を与えてきました。

マルケスは作品の結末で、一族の歴史を記録した羊皮紙の暗号が解読されるシーンを描きました。それは、まるでコロンビアの隠された歴史が突如としてその全貌を明かすかのような象徴的な演出でもあり、同時にその発見がブエンディア家の破滅と運命づけられていたというパラドックスを示唆します。歴史を「知る」ことは、時に破壊的な作用をもたらすというのは、実際のコロンビア社会での「和解のプロセス」にも通じる深いテーマといえます。

第5章:アメリカ大陸史との接続 — コロンビアを超えて

5-1. ラテンアメリカ文学ブームとマルケスの立ち位置

コロンビアの歴史や社会の特質を世界に広く知らしめるのに大きく貢献したのが、1960年代から1970年代にかけて起こった「ラテンアメリカ文学ブーム」です。マルケスやフリオ・コルタサル、マリオ・バルガス=リョサらが国際的な注目を浴び、ラテンアメリカ文学は一気に世界文学の中心地へと躍り出ました。

マルケスの『百年の孤独』は、アメリカ大陸史全体の文脈でも高く評価され、当時の読者たちにラテンアメリカ地域の複雑な歴史や社会を鮮烈に印象づけました。アメリカ大陸、とりわけ南米大陸が植民地時代から独立運動を経て、なおかつ頻発するクーデターや内戦、米国の干渉などを経験しながら独自のアイデンティティを形成していく過程で、文学が果たした役割は非常に大きいのです。

5-2. アメリカ大陸各国との比較

コロンビアに似た政治的混乱や暴力の歴史は、隣国のベネズエラやエクアドル、ペルーなど、アメリカ大陸各国にも程度の差こそあれ存在してきました。メキシコの革命やアルゼンチン、チリでの軍事政権の台頭、キューバ革命など、多くの国々が何度も体制の激変を経験しています。

これらの国々と比較すると、コロンビアの場合は内戦やゲリラ活動が特に長期化し、麻薬組織との癒着がより深刻化した点が特徴的です。また、国家レベルではなく地方レベルの武装勢力が複数乱立し、それぞれが独立した財源(麻薬取引や誘拐など)を確保していたために、衝突が複雑化・長期化したという背景もあります。『百年の孤独』に代表されるようなマジックリアリズムの文学的表現は、こうした現実の不条理さや非合理性を象徴的に浮き彫りにする装置として機能したとも言えます。

5-3. 多様な文化・言語とアイデンティティの相克

アメリカ大陸は、スペイン語、ポルトガル語、英語、フランス語、先住民諸語など、多言語・多文化が混在する世界です。コロンビアもその一部として、スペイン語を公用語としながらも、国内には複数の先住民族言語やアフロコロンビア系のコミュニティが存在します。この多様性は豊かな文化を育む一方で、政治的・社会的な断絶を生む要因にもなり得ます。

マルケスが描き出した物語の世界には、こうした多様性が直接的にはあまり言及されないものの、背後にはコロンビアという多民族社会の現実が潜んでいます。そして、アメリカ大陸全体を眺めれば、同様に多民族国家として知られるペルーやボリビア、メキシコなどでも先住民運動やマイノリティの権利要求が活発化し、政治情勢に大きな影響を与えています。『百年の孤独』をはじめとするラテンアメリカ文学が世界で支持されたのは、こうした普遍的な多民族・多文化社会における葛藤を示唆する普遍性があったからとも考えられます。

第6章:『百年の孤独』とコロンビアの未来

6-1. 和解と再生への道

コロンビアは長い歴史を通して、幾度となく暴力と対立を繰り返してきました。しかしながら、21世紀に入り、和平合意を経て観光業やIT産業など新たな産業分野の発展が進み、近年のコロンビアは「ラテンアメリカの未来」を支える重要な存在として注目されています。かつては世界にネガティブなイメージで語られることの多かったコロンビアも、今では首都ボゴタやメデジンなどの都市圏を中心にスタートアップや芸術活動が盛んになってきています。

こうした現実の変化と、『百年の孤独』に描かれるマコンドの「終焉」とのギャップを感じる人もいるかもしれません。しかし、『百年の孤独』が示唆したのは、あくまでも歴史の円環性や宿命的な繰り返しによる悲劇です。現代のコロンビア社会が目指している和解や再生のプロセスは、ある意味で「運命からの脱却」を模索する取り組みとも言えるでしょう。

6-2. ポスト・マジックリアリズムの時代

『百年の孤独』から半世紀以上が経ち、文学の世界では新たな潮流が生まれています。コロンビア国内でも若手作家による「ポスト・マジックリアリズム」が盛んであり、より直接的・写実的に社会問題を扱う作品や、都市化・グローバル化の影響を鮮烈に描く作品が注目を集めています。これらの新世代の作家たちは、マルケスのような比喩的・神話的な語り口だけでなく、デジタル社会や現代の政治経済状況を直視したリアリスティックな表現を駆使しています。

一方で、マルケスが築いた文学的遺産は依然として大きく、観光客がコロンビアを訪れる動機のひとつには「マコンドの世界を体感したい」という文学ファンの存在があります。コロンビア政府や観光業界も、文学を軸とした文化ツーリズムを推進しており、歴史のトラウマから新たな産業やアイデンティティを創出する試みにも取り組んでいるのです。

6-3. 外部視点と内部視点の統合

世界的に見ると、コロンビアのイメージは依然として「麻薬」や「ゲリラ」などのステレオタイプに囚われがちです。しかし、現地を訪れたり、コロンビア人の話を直接聞いたりする中で、暴力や苦難の歴史があったからこそ生まれた豊かな音楽や芸術、家族・コミュニティの絆、独特のユーモア文化を知ることができます。こうした内部視点と外部視点のギャップを埋めることは、コロンビアがさらに国際的評価を高め、真の平和と繁栄を実現していく上で重要な課題となっています。

マルケスの『百年の孤独』は、あくまでもひとつの文学的世界観ですが、その中にはコロンビアという国やラテンアメリカ全体が抱える問題を超えて、人類普遍のテーマとも言える「孤独」や「忘却」、「歴史の繰り返し」が描かれています。作品が世界中の人々に読み継がれている背景には、まさにこうした普遍性が存在するのです。

第7章:まとめ — 歴史と文学が織りなすコロンビア像

コロンビアは、アメリカ大陸史の中でも特に多様な人々と文化が交錯し、長い植民地支配と独立、そして内戦と暴力の歴史を経てきました。そんな国だからこそ、多面的で奥深いメンタリティが形成され、芸術や文学の分野においても唯一無二の表現が花開いてきたのです。

ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』は、コロンビアの歴史や社会、そしてコロンビア人のメンタリティを文学というフィクションの形で見事に写し取った名作だと言えるでしょう。マコンドを舞台に繰り広げられるブエンディア一族の数奇な運命は、同時にコロンビアの宿命的な「孤独」と「忘却」を映し出し、さらにはアメリカ大陸の過酷な歴史を背後に感じさせます。

しかしながら、コロンビアの現在は必ずしも『百年の孤独』が描くような終焉の物語に留まっていません。和平合意や経済の発展により、新たな希望が生まれ始めている時代でもあります。かつての負のイメージが完全に払拭されたわけではないものの、世界中から観光客や投資家が訪れ、文化や芸術を通じてコロンビアの持つ魅力を再発見しています。

私たちが『百年の孤独』を通して知るコロンビアは、暴力や対立の歴史を背負いつつも、人々の生活には明るさやユーモアがあり、強い家族愛やコミュニティの絆によって支えられています。過去の悲劇を乗り越えようとするエネルギーと、新しい未来を描き出す創造性に満ちている国でもあるのです。だからこそ、この作品を足がかりにコロンビアという国の成り立ちや人々の思考をじっくりと探究することは、私たちがラテンアメリカの歴史や文化を理解する上で、非常に有意義なプロセスとなるでしょう。

『百年の孤独』が提示する「孤独」とは、必ずしも悲観的な意味合いだけを持つものではありません。むしろ、コロンビアの人々に根付いた生命力や創造力、そして運命を受け止めながらもより良い未来を夢見る姿勢こそが、この「孤独」という概念を超克する鍵なのかもしれません。コロンビアの長大な歴史の流れの中で形成された人々のメンタリティは、世界中の読者や観察者にとって新鮮かつ示唆に富んだ学びを提供し続けているのです。

参考文献・参考資料

  • ガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』
  • Gabriel García Márquez, Cien años de soledad
  • Eduardo Galeano, Open Veins of Latin America
  • コロンビア政府観光局ウェブサイト
  • 国際NGOレポート(内戦や和平交渉に関する資料)
  • コロンビア国内メディア各種(El Tiempo, El Espectador など)

終わりに

本稿では、アメリカ大陸史の中にコロンビアを位置づけながら、その波乱に満ちた歴史と『百年の孤独』に見るコロンビア人のメンタリティを深掘りしました。コロンビアの歴史は、決して単純に悲劇や混沌だけで語れるものではなく、その奥には豊かな文化や強靭な精神、そして再生へ向かう意志が常に存在します。マルケスの名作は、そうしたコロンビアの多層的なリアリティを文学という形で凝縮し、私たちに強い印象を与え続けているのです。

もしコロンビアに興味を持ち、旅行や留学などで現地を訪れる機会があれば、『百年の孤独』を片手にマコンドのモデルとなった土地を歩いてみるのも良いでしょう。また、コロンビアの音楽(クンビアやバジェナートなど)や芸術、近年隆盛している映像作品などを通じて、現在進行形のコロンビアの躍動を肌で感じていただければと思います。歴史と文学が織りなす壮大な物語に触れることで、コロンビアという国の真の姿に一歩近づくことができるはずです。

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)

百年の孤独 (新潮文庫 カ 24-2)

スポンサーリンク
レクタングル(大)