友人が東京から足を伸ばしてやってきたので、お隣の三島市・三嶋大社へ一緒にお参りしてきました。
三嶋大社とは?
【三嶋:みしま】とは、元々は伊豆諸島をさす【御島:みしま】とされています。三嶋大社の主祭神は伊豆諸島の開拓神です。ここ三島市が、古来より伊豆半島・伊豆諸島への要に位置にあったからです。
伊豆一宮の三嶋大社は、源頼朝が平家打倒のための戦勝祈願をするなど、武将たちから崇敬を集めてきました。江戸時代になると、東海道と下田街道(伊豆半島下田までの陸路)の要衝として門前町は大いに栄えました。
三嶋大社の狛犬
境内に入っていくと、本殿へと続く参道には桜の木が延々と植えられています。15種類の様々なもので、200本以上あるそうです。
2月から4月まで長い期間桜が咲いているようで、特に3月下旬〜4月上旬が見頃になります。そして、夜には美しくライトアップされるそうです。
桜が咲くとこんな感じ↓
参道横には大きな池があり、抜けていくと神門です。
総門
大きなしめ縄が飾られている総門。そして、神門をくぐると、拝殿・本殿の目の前にある舞殿が現れてきます。
舞殿(ぶでん)
舞殿(ぶでん)には、中国の物語を彫刻にしてあります。
御殿の手前、舞殿には、「二十四孝」という中国に伝わる親孝行のお話を題材にした彫刻が巡らされています。この二十四孝というのは、今からおよそ700年ほど前、中国の元の時代に郭居業(かくきょぎょう)がまとめた物語です。「欄間」と、その上の「小壁」に1話ずつ。1面に3組6話を配し、四方で24話が彫られています。東北より、東面、南面(正面)、西面、北面の順に時計回りでお話をいたします。 出典:三嶋大社
三嶋大社には、彫刻の写真といっしょに物語のスジも書かれています。
三島市最大のイベント“三島夏まつり”(毎年8月15日、16日開催)では、舞殿にて献茶式、 箏曲奉納演奏、人長舞・浦安舞奉納、焼亡の舞奉納、三曲奉納、源頼朝出陣式などが行われます。
この舞殿手前の右手に、大きな金木犀が存在感を放っています。
天然記念物 金木犀
縦横に伸び、柵にかこまれて保存してあるのが「キンモクセイ」
推定の樹齢は1200年以上といわれ、1934年(昭和9年)に「三島神社のキンモクセイ」の名前で国指定天然記念物になっています。満開のときには8キロメートル以上の彼方にまでその芳香が風に乗って届くといわれています。
「三島神社のキンモクセイ」の名前で登録してありますが、正式には【薄黄木犀(ウスギモクセイ)】であり、金木犀とはちょっと異なる品種です。原産が中国・インドで、2期咲き(一度咲いても再び咲く)性質があります。
嘉永7年(安政元年:1854年)に発生した安政東海地震によって三嶋大社のほとんど建物は倒壊したため、幕末の慶応年間に再建されています。現在の拝殿・本殿は、慶応2年(1866年)9月に完成しています。
三嶋大社の大鳥居を潜ってすぐ左にでっかい石・たたり石が鎮座します。
たたり石(絡垜石)
たたり石の由来を読んでみると・・・
三嶋大社の前には、東海道と下田街道が交わる交通の要衝でした。当然、東海道は人通りが多く、下田街道も伊豆半島最南端下田まで続く道です。
三島の宿場町も近く、人通りも多く、きっと大渋滞していたことでしょう。
交わった場所で、人がぶつからないように置かれた石が【たたり石】です。
【たたり】とは、織り機の道具の一つで、三本の棒を立てその周りに糸を巻き、糸のもつれを防止するものです。
まとめ
JR三島駅から三嶋大社までの間には、綺麗な小川が流れいますのでノンビリと歩いて行くのがいいですね。通りには美味しそうな鰻の店もありましたので、ぜひ寄ってみたいところです。
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